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書評012冊『気持ちのいい看護』 宮子あずさ(2000) 

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宮子あずさ氏による患者さんにとっても、看護師にとってもいい看護が“気持ちのいい看護”とは一体どういうことか。理論よりも感情という視点でケア・看護を説いていく。看護師の行為がすべて看護である、と捉える氏の懐の深さをこの本を読んで体感してほしい。

こんな人に読んでほしい

・“あなたにとって看護ってなーに?”とか言われると困ってしまう

・患者さんのためにと思いながらも、ほんとにこのかかわりでよかったのかなといつも悩んでしまう

・患者さんからいい看護師でありたいという気持ちが強くて、時に心がパンクしてしまう

本の紹介文

こんにちは、パパdeナースです。

子ども(2歳9ヶ月♂)との最近の日課は絵本読みです。

毎週、図書館に行っては10冊程度借りてきます。

うちではのりもの系やトーマスが鉄板!

本を読むのは自分も好きなのでその楽しさを子どもにも伝えていきたいです。

ただ、絵本を読むことで困ることがあるんですよね。

それが朝、仕事に行く直前に

「よんでーよんでー、パパー」とかせがまれるとこっちもあたふた、、、

仕方なく、一冊読んで出勤、ってことも多々あります。(駅までダッシュで行き汗だく)

一緒に絵本を読むのも今だけだしなー、少し思いつつ日々を過ごしています。

 

今回は『気持ちのいい看護』という本を紹介したいと思います。

著者曰く、気持ちのいい看護とは、

患者にとっても看護師にとっても両方にとってよい看護をすることがいいんだけど実際はなかなかむずいよね、なんでかな?って感じで書かれています。

むずかしい用語もなく、エッセイを読んでいる感じでとてもゆるいです。

気楽に読めます。最高です。宮子さん、好きです。

僕は仕事で疲れたり、失敗した時などにときどき自分の仕事(看護)って何だろう?自分は何を大切にして仕事をしているんだっけ?

などと考え込み物事を難しくしてしまう傾向があります。(結局答えは出ません)

著者は、看護師のやることすべてが看護でいいのではないですかー。

と読者に語りかけています。

その反面、看護師の業務の大半は誰でもできることであるから、もどかしいよー、

とも言及しています。

看護とは何であるか、患者における最大のニーズとは何であるか、とか重苦しいものではなく、もっと柔軟にものごとを多面的に見ようとする著者の姿勢にとても共感しました。

看護は看護師の数だけあっていいし、患者さんだっていろんな人がいるからねという“型にはまらない”という看護についての本です。

とくに、この本の中で著者が患者さんに寛大になれたこととして3つ挙げています。

以下の通りです。

1、一緒に働く仲間に、さっぱり愚痴を言えるようになったこと。

2、患者さんに対してうまく自分の気持ちが伝えられるようになったこと。

3、患者さんに対して素直に同情できるようになったこと。(p123−124)

僕は愚痴を言うことに対してやや抵抗があるタイプであるため、そのことで負の気持ちをため込んで疲れてしますことがあるんですが、

これからはたまにはそのような負の感情、もやもやした気持ちを吐き出してみようと思いました。

この本でビビッときた文章

・—「気持ちのいい看護」とは患者さんと看護婦がともにそこそこ気持ちよくなれる看護であってほしい。でもこれは、言葉のやわらかさに反して、とてもむずかしいことです。なぜなら、やってもらいたいことが増えれば、やるほうの人はたいへんになるのですから。(p8)

・「気持ちのいい看護」を探るためには、表面的な和合をあえて乱してでも、看護する側とされる側がそれぞれの立場から、本当のことを言ったほうがいい。そんな気持ちで、誤解を恐れず、私は看護する側の立場から、自分の思いを伝えたいと思うのです。(p9)

・人の生死にかかわり、ときに究極の人間性をみる私たちの話は、ありのままを話すだけでかなりのインパクトを与えます。それは看護の実績を世に示すというイデオロギーとは別のところで、いまの世の中に欠けているものを埋める作業のひとつになるかもしれないー。そんな期待さえ、私は抱いています。(p24)

・—看護とは、科学的ではあるが、理不尽な仕事でもあるのです。理屈を学ぶのは大事だけれど、そのとおりには行かないことは折り込み済。看護は科学でも、患者さんの人生はけっこう非科学的な要素を含んでいるっていうことです。(p71)

・<傾聴>って実は、誠意ある態度でおこなう<聞き流し>?それもまた、看護の極意なのかもしれません。(p79)

・—<ケアする・される>関係は、通常の人間関係よりも非常に距離が近いうえに、対象が不安に満ちた状況でかかわるため、自己と他者の境界が混乱しやすいと考えられます。(p90)

・より深刻な問題は、看護婦本来の仕事とされる<患者さんの直接的なケア>に関して、専門性に確信が持てないという現実です。看護婦でなければできないことを厳密に考えていくと、むしろ「診療の介助」的、「ミニドクター」的な部分に仕事が収束して行きそうな、怪しい気配すら感じます。(p94)

・看護婦として働くには、人に対して寛大であれたほうが、絶対に気が楽です。このサイズが小さい看護婦は、始終この勘忍袋問題に直面し、悩むのは仕方ないこと。(p121)

・最近よく思うのは、自分は看護婦という仕事が好きというよりも、看護婦してる自分が好きなんじゃないかな、っていうこと。(p151)

・人を理解するうえでは、近づいたり、遠目に見たり、多面的に見る必要があります。その際、患者さんのなかの「個別性」とともに、なんらかの「普遍性」を探っていくことが有効です。(p164)

・病気と見るその見方を単なる「画一化」にしてしまうか、「普遍化」にまで持っていけるかが、その看護師の力量ともいえそうです。そして、患者さん個人の個別性と、病気からくる普遍性のあいだを行きつ戻りつすることが、「患者さんを見る」ということなのではないでしょうか。(p164)

・—死を前にした患者の家族に対して、正しいかかわりはひとつではない、ということです。(p207)

今日からできる小さなステップ

愚痴を言う(仲のいい人にだけこっそり)

1行まとめ

看護は十人十色

 

ABOUT ME
パパdeナース@オペ室
2013年入職よりずっとオペ室で看護師してます。メンズナースです。男の子の親でもあります。主に仕事や育児についての読書ブログ書いてます。
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